韓国企業に就職をする場合、まずエントリーシートの段階でTOEICの点数で足切りがあります。多くの企業の足切りラインが800点。人気企業だと900点とかだそうです。(私は永遠にサムソンには入れなさそうです。。)
また、日本で有名な”TOEIC”だけではなく、”TOEIC SPEAKING”の点数も必要だそうで、座学だけでは通れない厳しさがあります。
さらに、書類選考を通過した後には英語での面接があるようで、これを通過しないと正社員の職は得られないとか。
韓国は1998年のアジア通貨危機の際に国がえらいことになっており、IMFが介入してきました。その際に、多くの企業で終身雇用が崩壊し、日本で言うところの「派遣社員」が増加しました。
「正社員」の枠は非常に狭き門となっており、その足切りのためにTOEICの点数が使われているようです。
じゃあ、そんな韓国企業は業務で英語を使っいまくってグローバルな仕事をしているのかというと、別段そうでもないようです。
「多くの韓国の会社は、英語を使うのは面接の時だけ。あとは韓国語だけだよ。。」
どうやら、受験勉強と同じ感覚でTOEICをやっているようです。
「日本には英語が喋れない英語教師が沢山いる」って話をしたら、「韓国にも沢山いる。韓国の高校までの英語教育は大学受験のためのリーディングとライティングだけで、全然喋れるようにならない」という、日本と全く同じ問題があることが判明しました。
大学受験のために形式的な「受験英語学習」をすることの延長に、就職活動のためにまたも形式的な「就活英語学習」をするのであれば、ちょっと悲劇です。。
しかも、「就活英語学習」は、わざわざ大金払ってフィリピンくんだりまで来てやるのですから。。。
僕たちは「犠牲者ですよ」。アニメで日本語を覚えた韓国人は、ここを強調して日本語で言っていました。
私は幼いころ、さんざん母の意向に背いては殴られたが、私は「テロには屈しない」とばかりに適当にやりすごしつつ、「殴っても無駄だということを学んでくれないかな」と期待していた。もちろん母は学ばなかったし、また私のほうも、母の意向に従うことを学ばなかった。
狂気:同じことを何度も何度も繰り返して、違う結果を期待すること。
母のフレームには、「殴るという手段は無効かもしれない」という問題は入っていなかった。人間がフレーム問題を解決していないことの例証だ。
かくして私は、「人は学ばない」ということを学んだかもしれないが、はたしてどの程度学んだのかは怪しい。状況によっては頭から消える(まさにフレーム問題!)可能性はきわめて高い。まさしく「人は学ばない」のだ。
人を教える立場の人間も、やはり学ばない。アホな指導をすれば人が死ぬということを学ばない。人は学ぶ動物ではなく、信仰する動物である。人は「シゴキ」や「根性」や「精神」や「体罰」を信仰し、その効果を「実感」する。信仰であるからには検証を受け付けない。
信仰がすべて間違っているとは思わない。物理的限界に縛られた存在にはフレーム問題は解決できないので、なにも信仰しない人間はただ座り込んでいることしかできない。しかし信仰にもよしあしがある。自分では学ばない人間が、他人に学べと要求して暴力を振るう光景は、残酷を通り越して笑うしかない。
かく言う私も、信仰しているのだろう。検討すべき副次的な問題は事実上無限にあるはずなのに、現にこうして行動しているからには、ほとんどの問題を無視しているはずであり、無視した問題については母と同じように、同じことを何度も何度も繰り返して、何一つ学ばないはずだ。